「心と心のあく手」──“親切”を問い続ける道徳授業のデザイン

はじめに

「親切って、なんだろう?」

道徳の授業において、この問いほど扱いやすく、同時に深めづらいものはありません。
わかりやすい“親切”のエピソードに子どもたちは共感しやすい一方で、価値をそのまま受け取ってしまえば、授業は“いい話”で終わってしまいます。

本稿で紹介するのは、ある読み物教材をもとにした「親切」の道徳授業デザインです。
キーワードは「心と心のあく手」。

本当に“親切”だったのか?
それは誰のためだったのか?
そもそも、気持ちは伝わらなければ意味がないのか?

こうした問いを中心に据え、思考が揺れる“葛藤の場”を意図的に設計した授業です。

この記事では、実際の子どもの様子を伏せつつ、授業全体の構造、流れ、そして設計上の重要ポイントを解説します。
「問いを生み、問い続ける」道徳授業のヒントをお探しの方にとって、実践に役立つ視点となるはずです。


授業構成の全体像

● テーマ設定:「心と心のあく手」とは?

導入では、キーワードをめぐる対話からスタートします。

「心と心のあく手って、どういうことだと思う?」

子どもたちは「気持ちが重なる」「わかり合う」など、自分なりの言葉でイメージをふくらませていきます。
このプロセスで重視しているのは、語彙の定義や辞書的な理解ではなく、“心の動き”を言語化する力です。

● 読み物教材の活用:「見守る親切」をどう捉えるか?

教材では、ある登場人物が足の不自由な高齢者に声をかけようとするが、断られてしまうという場面が描かれます。
次に出会ったとき、声をかけずにただ見守るだけという行動をとった主人公。

この一見ささやかな選択をめぐって、「これは親切なのか?」という問いを立てていきます。

ここでは、テキストへの線引きやマークづけを通して、「心が動いたところ」に注目し、その理由を言語化・共有するプロセスを大切にしました。
“事実”よりも“感情”を読む力を育てる設計です。


実践上のポイント:深まる授業の5つの鍵

1|“矢印”を描かせる:気持ちは一方通行ではない

「親切」という行為を「気持ちの矢印」で捉えることで、子どもたちは初めて「思いやる」構造に気づきます。
誰から誰へ、どんな想いが向かっているのか。板書上でも図式化しながら、気持ちの方向性を可視化します。


2|“迷える問い”をあえて置く

「相手が気づかない親切って、意味あるの?」
「知られなければ、自己満足じゃないの?」

こうした問いを収束させずに授業の中心に置くことで、子どもたちは**“正解のない問い”を抱える経験**をします。


3|板書で“思考の旅”を可視化する

子どもたちの言葉を、教師がただ黒板に書き写すのではなく、流れや構造として残します。
「問いの展開」「気づきの重なり」「感情の揺れ」などを色分けや配置で整理することで、思考の軌跡そのものを共有できる板書になります。


4|揺れや違和感を「排除せず、育てる」

「親切じゃなくて、自分が満足したかっただけでは?」

こうした“異質な声”こそ、価値の本質をえぐる問いの芽です。
正解に近づけようとせず、揺れを場に置き続ける教師の姿勢が、深い道徳対話の土壌になります。


5|最後に“自分の生き方”に戻す構造をもつ

どれだけ深い対話があっても、最後に

「自分はこれから、どんな親切をしたいか?」
と内省させるプロセスを設けることで、**価値の意味づけを“自分事化”**できます。


おわりに:価値を“受け取る”のではなく、“問い続ける”ために

この授業を通して、子どもたちは「親切とは何か?」という問いに対し、
一つの答えを出すのではなく、それぞれが“自分なりの親切観”を手にしました。

道徳の授業は、答えを与える場ではありません。
価値を“鵜呑みにする”のではなく、価値を“疑い、問い直す”力を育む場です。


◆ 本授業から読み取れる「道徳授業の5つのポイント」

  • ①「価値を定義しない」問いを起点にする
  • ② 物語を“読解”せず、“感情で耕す”
  • ③ 板書を「思考の旅の記録」として機能させる
  • ④ 揺れや違和感を「排除せず、育てる」
  • ⑤ 最後に“自分の生き方”に戻す構造をもつ
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